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10.表銀座コースを燕岳、大天井岳から槍ヶ岳へ [私の山歩き]

 この記事を書こうと思って、昔買った北アルプスの山岳地図を開いたら、当時私が書いた計画書が出てきた。
(1984年)8月11日(土) 新宿駅23:30発アルプス57号
8月12日(日) 有明5:20発バスで中房温泉6:20着 朝食後7:10発燕山荘11:50着 昼食後大天井岳着16:00 大天荘(泊)
8月13日(月) 朝食後大天荘発6:00 西岳9:00 槍ヶ岳山荘13:00(昼食) 槍ヶ岳山頂往復(夕食、泊)
8月14日(火) 朝食後槍の穂往復 槍沢ロッジ 横尾11:20 上高地15:10 バスで新島々 電車で松本 松本発19:21あずさ24号で新宿着22:25

 というような予定が書かれている。この通りで実行しているが、いくつか計画が甘かったと思うことがあった。普通は山中の1泊目は燕山荘とガイドしてあるのだが、少しでも距離を稼ごうと思ったのと、燕山荘は泊まり客が多いので、大天井岳までがんばったことだ。大天井岳は実に大きい山で、表銀座コースから折れて山頂へと登る登山道がきつくて長い。参加者に1人いた女性がバテてしまって動けなくなったことだ。休みながら登ったのでなんとか無事だったが、少し欲張りすぎだった。翌朝、山頂から眺めた有明け空の月が実にきれいだった。ちなみに大天井岳はオテンショダケとずっと読んでいたが、地図にはダイテンジョウダケとべたな読みがついている。どれが正しいんだろう。

 13日に大天荘を出発して表銀座コース上にある大天井ヒュッテまで下りると、燕山荘から出発してきた人たちと一緒になった。こうやって大天井岳をバイパスすれば楽だったんだが、もうひと山登ったんだからよしとしよう。さてここからが表銀座コースのメインである。真夏の晴天である。空気は澄んで見晴らしはどこまでもきく。ここから西岳に行く著中で、ロサンゼルスオリンピックののマラソン中継をラジオで聞いたのだった。アメリカは12日の日曜日で、オリンピック最終日だったのだ。西岳で水を買った。稜線上の山小屋なので水場がないのだ。

 西岳からは東鎌尾根をはしごや鎖を使いながらフウフウ言いながら登る。やっとこさ、槍の肩の槍ヶ岳山荘に着く。チェックインしたものの、天気が悪くなってきたので、槍の穂(山頂)へは翌朝登ることにした。山荘前のベンチで休んでいると、目の前に東海大学(だったか?)医学部の夏期の診療所があったので、興味に駆られてスタッフの人に質問してみた。「この槍の穂を登る人でけが人は多いですか?」と聞いたら、「いや、そんなことはないです。みんな緊張して登っているので、意外とケガはないんです」ということだった。多いのはやはりいわゆる高山病で頭痛や吐き気などである。
 
 翌朝は雨上がりで、槍の穂はガスがかかっていたが、とにかく登ることにして、行列の後ろについた。三点確保を守りながら、ぐんぐんと登っていく。登りと下りはぶつからないようにルートがついているが、山頂直下は登りと下りががっちゃんこするので、交互に譲りながら登る。山頂の祠の前まで行くと、まだ少しガスがかかっているもののだいぶ見晴らしがよくなっていた。そしてブロッケンの妖怪が見えたのである。光背を背負った私の影が正面のガスに映っている。太陽の位置とガスのかかり具合がちょうどそういう条件を整えたのである。

 槍ヶ岳登頂を終えればあとはひたすら下りである。この時から約10年後には逆に槍沢を登って、槍ヶ岳から大キレットを経て、北穂高岳へと登ったが、この時はそんな余裕はない。槍沢を横尾まで下りて、上高地まで7時間ほどをひたすら歩く。もう脚はくたくたである。
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